2008年05月02日

千早とうはっと無駄になりかけた切符03

26日午後・72の蘊蓄

千早:……ふう、やっと降りられました…。
亜美:千早お姉ちゃん、鳥の歌を歌ってるのに、高いトコダメなの?
犬 :いや…、このロープウェイに限っては、高所恐怖症のあるなしなんて関係ないと思ったな、俺も。途中で急に角度が変わる部分が、特にな…。
真美:帰りは、そこを降りるんだよね!
亜美:きゅーこーかだね! どすーん!
千早:やめて、2人とも…。
犬 :さて、と。…前回までの記事は、出先で書いたものだったので、資料不足をそのままにしてしまった部分もあった。
真美:だから今回は、千早赤阪村のコト、もうちょっと詳しくせつめいしまーす!
犬 :なお、主な出典は、三省堂が2006年の春に出した『最新全国市町村名辞典』だよ。
亜美:んとね、この村は、52ねん前に、千早村と赤阪村が合体してできたんだって。
真美:今いるトコはこんごー山っていって、こんごーいこまきせんこくてーこーえんの一部なんだって。
犬 :…覚えたのは偉いけど、漢字で言おうよ。金剛生駒紀泉国定公園、だな。
亜美:この山だけじゃなくて、村のほとんどが斜めだから、畑とか田んぼとかはほとんどないみたいだね。
犬 :主要産業は林業だそうだ。ただ、古くから豆類はよく作っていたらしいね。それから、おそらくは時代が下ってからだろうけれど、シイタケの栽培も盛んだそうだ。
千早:そういえば、バス停から駅までの間に、シイタケを干していたところがありました。
犬 これだな?
真美:うわー、ぺったんこだね!
千早:……くっ!
犬 :ち、千早…、シイタケの話なんだぞ? 反応しなくていいんだ!
千早:…失礼しました。おっしゃる通りです。…私とした事が…。
亜美:んでね、この村、冬はチョー寒いんだって。
犬 :日中でも氷点下にまで下がる事が、少なくないらしいね。
真美:いい兄ちゃんに会う前の、千早お姉ちゃんの心の中みたいだね?
犬 :ま、真美っ!
千早:……くっ……。
犬 :落ち着け、千早…。真美も、冗談でもあんまりそう言うモンじゃないぞ?
真美:はーい。
亜美:んで、寒いから、江戸じだいには、おとーふをいっぱい作ってたんだって。
千早:…? 寒さが、豆腐と関係あるのかしら?
犬 :もともとこの「腐」という字は、柔らかいという意味で当てられたものだそうなんだけど、皮肉な事に、豆腐は本来、とても腐り易い。だから冷やして運ぶ技術が定着するまでは、産地以外では貴重品だったそうだね。
真美:だけどココでは、腐らないように考えて、遠くの街まで運んでたっぽいよ? 千早豆腐って呼ばれて、とっても喜ばれたんだって。
犬 :んー、「豆腐」じゃなくて、「豆富」って書いてたらしいね。
千早:なるほど、村に富をもたらすものだったためなのでしょうか。…ところで、腐らない工夫、というのは?
亜美:凍り豆腐、とかいうのにしてたっぽいけど、これは亜美も、よくわかんなかったよ…。
犬 :腐り易いのは、豆腐の中が割とスカスカで、水気や空気がよく入ってしまうせいだよね。その弱点を解消するために、ギューって潰して隙間をなくして、固くてぺったんこな……はっ!
千早:くうっ!!
犬 :ま、待て、千早…。い、今はもう、腐らせずに運べるようになって、あえてここから運ぶメリットもなくなってしまったから、現在ではほとんど豆腐は作られていないんだ。だけどそんな中で、今なお僅かに作られている豆腐はきっと、柔らかでふかふかで、こう…、思わず揉みたくなるような…、
千早:その手つきは余計です!
犬 :……すまん。つい。
真美:今でも、おとーふの料理を食べられるお店が、1けんあるんだって。
犬 金剛山麓「まつまさ」だね。…ま、このサイトを見て頂けば、豆腐についていま書いた事は、ほとんどここの受け売りだってバレバレだろうね。
亜美:いってみたかったねー。
犬 :…ごめん。寝坊しなければ時間も取れたんだけどね…。
真美おみやげもいっぱい売ってるっぽいよ?
千早:本当だわ。いろいろと……くっ、くうっ!
犬 :どっ? ど、どうした千早っ!
千早:この…日本酒の…量……。
犬 :……720ml……。なんという偶然…。
千早:…心苦しいのですが、この村は、つくづく私には居心地がよくありません…。
犬 :待て、判断を早まるな! …声優さんは酒好きらしいのにな。
亜美:…先いっていい? この村は、さっきも言ったけど合体してできたんだよね。んで、千早とか、赤阪とかって名前は、なんと鎌倉じだいからあるんだって。
犬 :うん。もっと遡る事もできそうらしいけど、遅くともその時代には、文献などにはっきり見られるね。例えば『太平記』のような通俗読み物にまで、ね。
真美:クスノキマサシゲさんってお侍さんが、お城を建てたんだって。
犬 :赤阪城は、正成公以前からあったらしいけどね。後醍醐帝を支えて鎌倉と事を構えるにあたって、後詰めの城として千早城を建てたのは、紛れもなく正成公らしい。
亜美:千早じょーはね、さっき乗ってきたバスの「こんごー山とざん口」ってバス停からすぐのトコ、歩いて20ぷんくらいのトコにあったんだって。
千早:…徒歩20分では、ちっとも「すぐ」ではないのでは?
犬 :あー、城の入り口跡から、バス通りが見えるんだけどね。そこまでに…、
真美:720だんの階段を登るんだよ?
千早:くうっ!!
犬 :嘘だから! 580段ちょっとだから!
亜美:んで、千早じょーに引きこもったマサシゲさんと…
犬 :立て籠もった、だよ!
亜美:うう、ごめん…。
真美:マサシゲさんと、鎌倉ばくふが戦ったんだけど、これは日本でさいしょの、……なんだっけ?
犬 :日本初の、本格的な攻城戦だったと位置づける説も多い。
千早:そうなのですか。…でも、お城というものは、もっと昔からあったはずですが?
犬 :千早城以前の戦いは、城方か寄せ手かのどちらかが、十分な備えを持っていなくて、勢いのあるなしで決着がついたものが多かったそうだね。
亜美:でも、この戦いだと、鎌倉の兵隊さんは100万人もいたんだって。
犬 :それは誇張だけどね。でも実際にも数万はいたらしい。…行ってみればわかるけど、とても小さい城を相手に、ね。
亜美:井戸水を使えなくしちゃおうとか、ハシゴをたくさん使って、高い壁を登ろうとしたりとか、ゆきぴょんみたいな人に穴掘りのコツを教わって、トンネルを掘ってお城の中にもぐり込もうとしたりとかしたみたいだよ?
千早:それでは、一溜まりもないのでは?
真美:チッチッチ、甘いよ千早お姉ちゃん。マサシゲさんはね、雨をいっぱい貯めて井戸水の替わりにしたり、ハシゴを登ってきた兵隊さんにお湯をかけてアチチチッて言わせたり、トンネルを掘ってきそうなトコへ、先に掘ってビックリさせたりして、てってー的に戦ったっぽいよ?
犬 :正に難攻不落。Dランクあたりまでの千早みたいだな。
千早:…やめて下さい、そんな。…あと、言っておきますが…、
犬 :ん?
千早:あなたには、たとえSランクになった後でも、思うところが残りそうな気がします。
犬 :……くっ!
亜美:わんわんが言った!
真美:んでね、攻め疲れちゃったっぽい兵隊さん達に、今度はマサシゲさんの方からぎゃくしゅーするんだよ?
千早:でも…、そのような小さな城に、数万の軍隊に立ち向かえるだけの兵がいたのかしら?
犬 :城跡に行ってみると、雑兵の格好をした人形があちこちで迎えてくれるんだ。これは、正成公が藁人形を使って大軍に見せかけた事に由来している。
亜美:ごっすんごっすん。
千早:???
真美:んで、鎌倉の兵隊さん達が、なんかげつもこっちにいる間に、かんとーちほーではアシカガタカウジさんとか、ニッタヨシサダさんとかが、ばくふにハンランしたんだって。
犬 :本拠をがら空きにしていた幕府は、抗いきれず敗北。結果として、千早城の攻防戦が、鎌倉幕府滅亡の大きな原因となったんだ。
千早:なるほど。歴史の転換期に、千早という土地は深く関わっていたのですね。
犬 :そう。後にこの戦いは「楠正成は大変な籠城をしていきました」と呼ばれる事になる。
亜美:れきしじょーのネタだね!
犬 :流行の彼方に去っていったという意味でもね。…やがて南北朝の動乱が深まって、正成公の孫の代に千早城は陥落。天下の堅城も半世紀あまりで廃墟になった。でも、後の時代に正成公が英雄視されて、講談なんかでも人気役になったりしたから、ゆかりの地である千早城趾も大事にされてきたんだね。1934年には国定史跡に指定されてもいる。
真美:あとね、なんねんか前に「にほん百めいじょー」ってのが選ばれたんだって。千早じょーも、その72ばんめに選ばれてるんだよ?
千早:……くううっ!
犬 :ち、千早! 他愛ない冗談だから落ち着いてくれ! 本当の72番は吉田郡山城だから!
千早:こおり、やま…、また、私の心のようだと言いたいのですか!
犬 :違うよぉ……。
亜美:千早じょーは、本当は55番だよっ!
真美:んじゃ、そろそろ山の上の方へ、ごーごー!



posted by 負犬山禎之丞 at 23:55| Comment(0) | 徘徊録 | 更新情報をチェックする
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