2010年10月21日

今日の問題 「老舗球団」

犬   :リディア先生! リディア先生っ!
リディア:あら負犬山くん。近頃はアンサーアンサーもイベント盛り沢山ね?
犬   :はい。『ライブ』になってからは、4人対戦一本槍でやってますけど、それでもそこそこ参加できますね。
リディア:チャレンジイベントの仕様が、ずいぶん変わったみたいね?
犬   :ええ。チャレンジというのは、期間内に特定の形式で残した成績を競うイベントなんですが…、2では、数ある形式の中から、1プレイの間に当該のものが出るかどうかは運任せでしたから、挑戦し甲斐のなさを感じる事もありました。
リディア:そうは言ってもやり込んでしまうのでしょうけれどね。
犬   :ライブでは、エントリー前にチャレンジに挑戦するか否かを問われるようになりまして、挑戦すると決めたら、必ず第2ラウンドでその形式が出るようになりました。
リディア:なるほど。
犬   :とはいえ、その兼ね合いもあるんでしょうが、ライブでは、今月はこの形式が出るよ、というのが事前に決まってしまっているんですよね。
リディア:あら?
犬   :好きな形式が出ない、とわかってしまうと、その1か月はいまいちやる気が出なくなったり…。あるいは、月末に形式タイトル挑戦資格を満たしたのに、次の月には出ないのでお預け、なんて事もあり得そうですね。
リディア:ふーむ。一長一短ねえ…。
犬   :まあ、そこは開き直って、「今のところウソつきダウトクイズでは、誰にも引けを取っちゃいないぜ!」と自慢する事にしました。
リディア:…つまり、7月以降まだ出ていないのね?
犬   :ええ。……さて、今日はオチもつかない雑談にしかなりませんので、さっさとクイズを始めます。
リディア:…むしろ投げ遣り感が漂うわね、それ…。

  現存するうち、プロ野球が1リーグだった時代にまで遡れる球団。
   ライオンズ バファローズ
   ドラゴンズ スワローズ
   タイガース ファイターズ
   ホークス  ジャイアンツ



犬   :よもや、選択肢を10個作れないとは思いませんでした…。
リディア:2リーグ分立後にできた球団が、分立前にあった球団を、併合なり吸収なりしている事は知っていると思うけれど、いちおう建前上は「合併」だからね。
犬   :そのように、遡れると言えなくもない球団を除外すると、上記8球団だけになるんです。…もちろん、ゴールデンイーグルスは論外という事で。
リディア:では、今日はさっそく解説を始めましょう。
犬   :まず、選択肢のうち、ジャイアンツとタイガースとは、サービスみたいなものでしょう。
リディア:現存最古のプロ球団、読売ジャイアンツの母体は「大日本東京野球倶楽部」 これは、1934年に招待した全米選抜チームを迎え撃った、全日本選抜チームを母体としているの。
犬   :翌35年、おそらく交換という形でアメリカに遠征している間に「東京ジャイアンツ」と名を改め、帰国後には「東京巨人軍」となりました。
リディア:同年12月、すでに甲子園球場を所有、運営していた阪神電鉄が「大阪タイガース」を設立したの。
犬   :そして翌36年には、日本職業野球連盟が発足し、同年から本格的なプロ野球興行が始まりました。連盟発足以前からあったこの両球団が、日本の老舗球団として語られる事が多いのは、周知の通りです。
リディア:ただし、1920年代にはすでにプロ球団がいくつかあったの。そのうちの1つである「宝塚運動協会」と、繋がってはいないけれども関係が深いと言われる「大阪阪急野球協会」は、巨人阪神より古いとも言えるわね。
犬   :この他、「名古屋軍」「名古屋金鯱軍」「大東京軍」「東京セネタース」が加盟し、翌37年には「後楽園イーグルス」が加わりました。この年に大東京軍は、スポンサーについた企業の名を採って「ライオン軍」と改名しています。
リディア:38年秋期から「南海軍」が加盟して、オフには後楽園イーグルスが「イーグルス」と改名。巨人、大阪、阪急、名古屋、金鯱、ライオン、セネタース、イーグルス、南海。この9球団が、日本プロ野球の祖、とでも言える存在ね。
犬   :しかし時局が時局だけに、この体制は安定しませんでした。終戦までの5年ほどの間に、めまぐるしく変わっていったんです。
リディア:文にして追うと冗長になるから、年ごとに変わった点を箇条書きにしていくわね?

41年 大阪タイガース→「阪神軍」 イーグルス→「黒鷲軍」 セネターズ→「翼軍」
   (前年10月に、敵性語を使わないように連盟が通達したため)
42年 翼軍・名古屋金鯱軍→「大洋軍」 8球団に。
   (名古屋軍の親企業、新愛知新聞と、金鯱軍の名古屋新聞とが、産業統合策により
    中部日本新聞となり、金鯱軍を手放したため合併)
   ライオン軍→「朝日軍」(敵性語自重)
43年 黒鷲軍→「大和軍」 大洋軍→「西鉄軍」
   (前年末から年初までに買収されたため)
43年末 大和軍・西鉄軍解散。6球団に。
44年 南海軍→「近畿日本軍」
   (産業統合策により、南海鉄道と関西急行鉄道とが合併し、近畿日本鉄道となった
    ため)
   名古屋軍→「産業軍」
   (親企業が変わったため)

犬   :戦前には、春期と秋期との2期制で行われていた時期がありました。
リディア:戦局悪化が極まった44年には、秋期までに阪神軍で主力選手のうち9人が応召するなど、どの球団も多くの選手を戦争に取られてしまったの。だからこの年秋期には「東京巨人・朝日」「阪神・産業」「阪急・近畿日本」と、2つずつの球団からなる合同チームで公式戦を行ったの。そしてこの期が戦前最後の公式戦となったの。
犬   :45年には関西の合同チームが非公式に試合をしています。この時に、阪神軍と産業軍との合同チームが「猛虎軍」と名乗りました。「阪神猛虎」という球団があったように語られる事がありますが、厳密には間違いのようですね。
リディア:ちなみに、敵性語の絡みで、ライオン軍だけ改名が遅れたのは、スポンサー企業の名を消したくないために、日本の企業名なのだからライオンは日本語だ、というような主張をして頑張ったからだそうなの。
犬   :皮肉ではなく、素晴らしい発想だと思います。
リディア:さて、終戦を迎えると、45年のうちに興行は再開されたの。この年はペナントレースではなく、まずいくつかの大会を行い、それぞれの優勝チームが最後に優勝決定戦を行う、二段構えだったのね。
犬   :戦前の初期にもこの方式を採っていたようです。この年に覇を競ったのは、東京巨人軍、大阪タイガース、阪急軍、産業軍、近畿日本軍、朝日軍、そして新球団「セネタース」
リディア:戦前に東京セネタースを発足させた人達の多くが関わっていたけれど、両セネタースは別の球団とされているわね。
犬   :46年にはペナントレース方式が再開されました。
リディア:産業軍の経営に中日新聞が復帰して「中部日本軍」に、近畿日本軍が「グレートリング」に、朝日軍が「パシフィック」に、それぞれ改名した他、新たに「ゴールドスター」が加盟して、8球団になっていたわ。
犬   :47年からは「漢字名+ペットネーム」を採用する事が、事実上義務化されました。また東京巨人軍が読売新聞社傘下となり、球団名を「東京読売巨人軍」として、ペットネームにジャイアンツを採用。他、「中日ドラゴンズ」「金星スターズ」が、前年の面影を残した名前に変えています。
リディア:セネタースは「東急フライヤーズ」に、パシフィックは「太陽ロビンス」に変わったの。
犬   :近畿グレートリングは、元の親会社が再び近鉄から分離するのをきっかけに、47年途中から「南海ホークス」と変わりました。
リディア:そして阪急は、いったんは「阪急ベアーズ」としたのだけれど、4月には「阪急ブレーブス」と再改名しているわ。
犬   :この後、48年には東急に大映が相乗りする事となり「急映フライヤーズ」になりましたが、翌年には大映が金星を買収して、東急の単独経営となったために、1年限りで「東急フライヤーズ」に戻っています。買収された金星は「大映スターズ」に。
リディア:また太陽ロビンスは48年に、「大陽ロビンス」と、ちょっと字を変えたの。野球は点を取る競技だからとか、野球選手に太ったのは要らないとか。
犬   :以上、南海ホークス、阪急ブレーブス、東急フライヤーズ、大映スターズ、大阪タイガース、中日ドラゴンズ、大陽ロビンス、そして、愛称ですが読売ジャイアンツ。以上8球団が、1リーグ制最後の1949年に存在していました。
リディア:…さて、その49年のシーズン中の事。
犬   :毎日新聞社が日本野球連盟に加わろうとしました。チーム編成に当たって、大陽ロビンスからの大量引き抜きを計りましたが、これは不発に終わりました。
リディア:プロ野球の父とも呼ばれ、戦前の大阪タイガースなど、幾つもの球団創設を後押ししてきた正力松太郎が、毎日にも働きかけていたみたいね。
犬   :大政翼賛会にいたせいで公職追放処分を受けて、連盟を辞職してはいましたけれど、なおプロ野球発展に強い意欲を示していたそうですからね。
リディア:この動きに、競合社であり、正力体制から抜け出そうとしていた読売が反発したの。競合という点で中日も読売に同調したし、いざこざがあった大陽も加盟反対派についたわ。
犬   :一方で、特に関西私鉄系の各球団は加盟に賛成しました。この問題はとうとう合意を得られず、毎日と一緒にやると主張した球団がパシフィックリーグに、加盟は認められないと主張し続けた球団がセントラルリーグに分かれる結果を招きました。
リディア:なんか、思いもかけなかった理由で分立したのねえ。なお、紛糾の末に、39年に名を改めていた日本野球連盟は解散。代わって、分立を巡るトラブルの解決、および事後の両リーグ間、各球団間で生じた問題の調停役として、日本野球機構が発足しているわ。
犬   :阪神…まだ大阪ですか…が、加盟には賛成しつつセントラルに加わったとか、チーム急増による選手引き抜き合戦が激しかったとか、いろいろあったようです。トラブルに関してはウィキペディアの記述が信頼できそうなので、そちらをご覧下さい。
リディア:結局、50年シーズンを迎えた時点で、セントラルには読売ジャイアンツ、大阪タイガース、中日ドラゴンズ、大陽改め松竹ロビンスの既存4球団と、大洋ホエールズ、広島カープ、国鉄スワローズ、西日本パイレーツが加盟。
犬   :パシフィックには、阪急ブレーブス、南海ホークス、大映スターズ、東急フライヤーズと、新規の西鉄クリッパーズ、近鉄パールス、そして渦中の毎日オリオンズが加盟。セ8球団、パ7球団で始まりました。
リディア:では、それから10年ほどの事を、また箇条書きで見てもらうわね?

51年 2月にセの西日本パイレーツ、パの西鉄クリッパーズに合併。西鉄ライオンズと改
   名。両リーグとも7球団に。
   中日ドラゴンズが名古屋ドラゴンズと改名。
53年 2月に松竹ロビンスが大洋ホエールズと合併。大洋松竹ロビンスと改名。
   セ6球団に。
54年 名古屋ドラゴンズが中日ドラゴンズと再改名。
   パに新球団、高橋ユニオンズ加盟。
   パ8球団に。
55年 高橋ユニオンズ経営にトンボ鉛筆が加わり、トンボユニオンズに。
   大洋松竹ロビンスが大洋ホエールズと再改名。
56年 トンボ鉛筆が撤退し高橋ユニオンズに。
57年 2月に高橋ユニオンズが大映スターズに合併、大映ユニオンズに。
   シーズン終了後に大映ユニオンズ消滅。毎日に吸収され毎日大映オリオンズに。
   パ6球団に。
59年 近鉄パールス、近鉄バファローと改名。
62年 近鉄バファローズと改名。

犬   :松竹ロビンスは、分立初年のセントラルリーグを制覇しましたが、その翌々年に解散の憂き目を見、その3年後には、せめてもの名残だった球団名もすっかり消えてしまいました。まずここで分立前からの球団が1つなくなりました。
リディア:冒頭で言った事の裏返しだけど、「合併」という言葉を使っていても、解散して吸収されたというのが実態よね。
犬   :では、大映ユニオンズだけ、はっきり「消滅」と書いたのはどうしてかというと、この年初めに、パシフィックでは「最下位球団は消滅させる」という、冗談みたいに問答無用な規定を設けていたからなんです。建前上でさえ「消滅」だったんですね。
リディア:言い出しっぺが、大映オーナーの永田雅一だったのは、なんとも皮肉な事だったわね。…ともあれここで、ゴールドスターに始まった、分立前からの球団が、また1つ消えてしまったわ。
犬   :この後は、記憶に新しい2004年末の出来事まで、合併や消滅はありませんでしたよね。あの時になくなってしまった近鉄の他は、50年代末に残っていた球団は、すべて今も続いている事になります。
リディア:そのうち、分立前からあったのは、ジャイアンツ、タイガース、ドラゴンズ、ホークス、そして、フライヤーズ改めファイターズと、ブレーブス改めバファローズと。
犬   :以上6つが、今回の正解でした…では最後に、60年代に残っていた12球団それぞれの、ペットネームの移り変わりを確認して頂きつつ、今日はこれにてお終いにしますね。
リディア:読売ジャイアンツは47年から、中日ドラゴンズは54年から変わっていないのだから、あとの10球団について、また箇条書きで見てもらうわね?

大阪タイガース  :61年から「阪神タイガース」
国鉄スワローズ  :65年シーズン途中に「サンケイスワローズ」
          66年から「サンケイアトムズ」
          69年に「アトムズ」
          70年から「ヤクルトアトムズ」
          74年から「ヤクルトスワローズ」
          2006年から「東京ヤクルトスワローズ」
広島カープ    :68年から「広島東洋カープ」
大洋ホエールズ  :78年から「横浜大洋ホエールズ」
          93年から「横浜ベイスターズ」

南海ホークス   :89年から「福岡ダイエーホークス」
          2005年から「福岡ソフトバンクホークス」
西鉄ライオンズ  :73年から「太平洋クラブライオンズ」
          77年から「クラウンライターライオンズ」
          79年から「西武ライオンズ」
          2008年から「埼玉西武ライオンズ」
毎日大映オリオンズ:64年から「東京オリオンズ」
          69年から「ロッテオリオンズ」
          92年から「千葉ロッテマリーンズ」
東映フライヤーズ :73年に「日拓ホームフライヤーズ」
          74年から「日本ハムファイターズ」
          2004年から「北海道日本ハムファイターズ」
阪急ブレーブス  :89年から「オリックスブレーブス」
          91年から「オリックスブルーウェーブ」
          2005年から「オリックスバファローズ」
近鉄バファローズ :99年から「大阪近鉄バファローズ」
          2004年末解散。



posted by 負犬山禎之丞 at 21:53| Comment(0) | 朦朧堂、衒学の間 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]