2010年06月09日

今日の問題 「日本で2番目」

犬   :リディア先生! リディア先生っ!
リディア:あら負犬山くん。あまのじゃくチャレンジの結果は?
犬   :ええと、610位台でした。
リディア:うーん。やっぱり軒並みポイントが高かったようね。
犬   :初日に稼いだポイントを大きく上回らせられなかった事に加え、期間終盤にはSSSリーグからSSリーグに落ちてしまったのが敗因ですね。だから、他のアンサーさんがどうこうという事ではなく、僕が頑張れなかったせいでしょう。
リディア:あー、リーグが下がってしまうと、手も足も出せなくなるわね。
犬   :チャレンジでのポイントは、獲得した点数そのものではなく、在籍リーグに応じた倍率を点数に掛けた値なんです。SSSリーグでは2.2倍、SSリーグでは1.8倍。
リディア:だから、この2つのリーグでは、10点あたり4ポイントの差がついてしまうわけなの。
犬   :そんなわけでチャレンジは残念な結果に終わりましたけど、今日は、ちょっとだけいい報告もありますよ。
リディア:何かしら?
犬   :半年ぶりに、ウソつきダウトクイズの平均順位が2.20位を上回りました!
リディア:やったわ! あとはタイトルマッチで1位になるだけね!
犬   :まあ、それが簡単ではありませんけどね。平均順位がいいだけでは、タイトルマッチが発生しませんから。
リディア:そうねえ。ライバル3人のうち、2人が偉人か超人でなければいけないのね。もし、この条件が満たされるより先に、あなたが平均順位を下げてしまったら、また半年先の事に
犬   :そこまで絶望的なんですかっ!
リディア:では今日は、ある意味で絶望的な結果に終わった人達の問題です。

  シーズン打率において、イチローに次ぐ2位になった選手。
   福浦和也  小笠原道大
   松井稼頭央 片岡篤史
   秋山幸二  シャーマン・オバンドー
   カズ山本  平井光親
   佐々木誠  松中信彦



リディア:たとえ1毛差でも及ばなければ、次のチャンスは早くても翌年。もしかしたら2度と巡ってこないかも知れない…。そう考えると、2位とはいえ絶望を感じてもおかしくないわね。
犬   :1毛差とは極端な事を、とおっしゃるかも知れませんが、1976年、中日の谷沢健一選手が記録した打率は.3548。巨人の張本勲選手のそれは.3547。もう1つ下の桁で四捨五入したら同じ値になるという、たった6絲(シ)の差で、首位と2位とが分かたれました。
リディア:この翌年にも張本選手は、ヤクルトの若松勉選手に1割5厘及ばず2位。東映時代から日本ハムと名前が変わるまで、同球団の主砲として7回も首位打者に輝いた張本選手も、セントラルリーグでは戴冠できずに終わってしまったわ。
犬   :まあ今回取り上げた範囲では、相手がイチロー選手ですから、惜しくも2位、という選手はいませんでしたけどね。…もっとも、彼がいるんじゃ…、という形の絶望を覚えていた選手がいたかも知れませんが。
リディア:さて…。イチロー選手は、仰木彬監督が率いたオリックスで、94年から7年続けて首位打者の座に君臨していたわ。
犬   :では、各年のパシフィックリーグ打率5傑、およびその打数、安打数、打率をご覧頂きましょう。


94年
1 イチロー    オリックス 546 210 .385
2 カズ山本    ダイエー  420 133 .317
3 石井浩郎    近鉄    487 154 .316
4 松永浩美    ダイエー  477 150 .314
5 小川博文    オリックス 459 139 .303

95
1 イチロー    オリックス 524 179 .342
2 堀 幸一    ロッテ   457 141 .309
3 フランコ    ロッテ   474 145 .306
4 初芝 清    ロッテ   458 138 .301
5 田中幸雄    日本ハム  488 142 .291

96
1 イチロー    オリックス 542 193 .356
2 片岡篤史    日本ハム  416 131 .315
3 堀 幸一    ロッテ   465 145 .312
4 鈴木 健    西武    354 107 .302
5 秋山幸二    ダイエー  466 140 .300

97
1 イチロー    オリックス 536 185 .345
2 クラーク    近鉄    526 174 .331
3 鈴木 健    西武    471 147 .312
4 松井稼頭央   西武    576 178 .309
5 城島健司    ダイエー  432 133 .308

98
1 イチロー    オリックス 506 181 .358
2 平井光親    ロッテ   387 124 .320
3 クラーク    近鉄    531 170 .320
4 柴原 洋    ダイエー  385 121 .314
5 松井稼頭央   西武    575 179 .311

99
1 イチロー    オリックス 411 141 .343
2 松井稼頭央   西武    539 178 .330
3 城島健司    ダイエー  493 151 .306
4 T. ローズ   近鉄    491 148 .301
5 谷 佳知    オリックス 532 155 .291

00
1 イチロー    オリックス 395 153 .387
2 オバンドー   日本ハム  385 128 .332
3 小笠原道大   日本ハム  554 182 .329
4 フェルナンデス 西武    370 121 .327
5 松井稼頭央   西武    550 177 .322


犬   :選択肢にあげた選手では、松井稼頭央、片岡篤史、シャーマン・オバンドー、カズ山本、平井光親。以上5選手が該当します。
リディア:他に堀幸一、フィル・クラークの2選手が該当するわね。
犬   :なお、1999年および2000年には、イチロー選手はシーズン終盤に負傷をして、99年には32試合、00年も30試合欠場しています。このため、特に99年には、2位から7位までの選手6人が、安打数ではイチロー選手を上回っていました。
リディア:とはいえ、実質8月中旬までに首位打者の地位を固めてしまった、イチロー選手の凄さが目立つ結果でもあるわね。
犬   :さて…、今日の主役はイチロー選手ではありませんから、打率2位だった選手のみなさんについても言及していきましょう。
リディア:今日は、選択肢順ではなく年次順に。まずは94年のカズ山本選手。
犬   :もしかしたら、誰だそれ、と思われた方もいらっしゃるかも知れません。この年途中まで、および翌々年以降には、山本和範の名で登録されていた選手です。最初の近鉄時代には、まるで芽が出ないまま5シーズンほどで解雇され、バッティングセンターで働きながら入団先を探したという逸話が知られています。…顔が怖い事でも知られていたかと。
リディア:失礼な…。
犬   :ドラキュラに似てる、と言った、今の某球団監督よりマシだと思います!
リディア:100試合以上に出て打率3割を超えたのは、84年、93年、94年の3回。近鉄に高卒で入団したのが77年だったから、かなり奥手の選手だったようね。
犬   :2位に甘んじたものの、この頃が絶頂期だったと言えましょう。まさかこの活躍ぶりが翌年に仇となるとは。
リディア:95年途中で負傷しシーズンを棒に振ると、ダイエー球団から自由契約とされてしまったの。
犬   :根本睦夫・王貞治体制で若手の発掘、育成が重視されるようになって、30代半ばで故障を生じた高給取りが嫌われたのだろうと言われています。…まあ、その方針が実を結んで、99年に日本一になったとも言えますが。
リディア:そのオフに山本選手は、古巣近鉄にテスト合格して、山本和範の名で再出発。3シーズンで230試合余りに出場したわ。
犬   :99年には2軍スタート。球団は一度は引退勧告を出したそうですが、最終戦でこの年初めて、山本選手を1軍に上げました。この年6位の近鉄と、優勝を決めていた、山本選手第2の古巣ダイエーとの1戦は、彼の一振りで近鉄が勝ちました。
リディア:引退打席でホームランを打った選手の1人ね。
犬   :…この人を紹介してしまうと、あとは語る事がないんですが…。
リディア:なんて人なの!
犬   :いやその、この人がダイエーを抜けた時に、それまで残っていた南海球団の匂いが消えてしまった気がして、それっきりパシフィックに興味をなくしたもので…。
リディア:はいはい、ではあとは記録などを簡単に見ましょう。
犬   :95年の2位はロッテの堀選手。選択肢にあげた、日本ハムの片岡篤史選手が翌年の2位でした。
リディア:92年に大卒で入団して、その年から125試合に出るなど即戦力として活躍し、この96年に初めて3割超えを果たしたのね。
犬   :2000年までの間に打率5傑に入ったのは、この年だけでしたが、98年にはリーグ最高の出塁率を記録しました。この年は113四球を選び、00年の101と共にリーグ最多をマークしています。また98年にも打率3割を達成し、ベストナインにも選ばれました。
リディア:97年の2位は、近鉄のフィル・クラーク選手。この人は翌年に48本の2塁打を打ってリーグトップ。打率も3割2分を記録したのだけれど、3毛差で平井選手に及ばず3位に終わったの。
犬   :その平井光親選手は、89年にロッテに入団し、91年には打率.314で首位打者に輝いています。ロッテオリオンズ最後のタイトルホルダーでした。…この時よりも98年の方が、率がいいんですよね。全くイチロー選手は罪なお人です。
リディア:だから古畑任三郎に目をつけられたのね?
犬   :99年の2位は、西武の松井稼頭央選手でした。…こっそり「稼ぎ頭」と呼んでいるのって僕だけですか?
リディア:前述の通り、この年イチロー選手は怪我で途中欠場。…タラレバもいいところだけれど、松井選手が打数そのままで、あと7本ヒットを打っていたら、2毛差で打率頭になっていたのにね。
犬   :もしくは21打数少なく抑えていたら6毛差、ですか。その後00年には、2塁打と3塁打とそれぞれの本数、および「塁打」の3部門においてリーグ最多。
リディア:塁打というのは、安打で陥れた塁の数。例えば、サイクルヒットを達成した段階での塁打は10ね。
犬   :イチロー選手が渡米してからの事ですが02年に松井選手は、打席、打数、安打、2塁打、3塁打、塁打、およびホームに生還した回数すなわち「得点」でリーグ最多を記録しましたが、首位打者のタイトルにはとうとう手が届かないまま渡米しました。
リディア:そして、イチロー選手が最後に日本でプレーした2000年、打率2位は日本ハムのシャーマン・オバンドー選手。こういう名前の人もいるのねえ。
犬   :日本人でもミコさんって珍しくありませんよ?
リディア:いろいろと間違ってるから!
犬   :名前のインパクトで言えばエンゼル・エチェバリア選手の方が強かったと思います。…それはさておき、オバンドー選手はこの年、長打率でリーグトップに輝いています。
リディア:長打率というのは、安打のうちに2塁打以上が占める割合…ではなくて、塁打の値を打数で割ったものなの。
犬   :例えばシングルヒットを10本続けて打てば、その10打席における長打率は10割となります。1本凡打が挟まれば9割ですね。また、10打席続けてホームランを打てば、長打率は40割。3塁打が1本挟まってしまうと39割になります。
リディア:だからシングルヒットでも長打率は上がるし、最後の例みたいに、理屈の上では3塁打でも下がる事があるの。誤解され易い呼び方だとして議論されているらしいわ。
犬   :オバンドー選手が00年に記録した長打率は.616。乱暴な考え方をすれば、10回に6回は1塁までいけそうな選手、という感じですね。出塁期待値とでも呼べそうなこちらに対し、実際の出塁数を打席数で割ったのが出塁率。
リディア:近頃では、出塁率と長打率との和をOPS、オンベース・プラス・スラッギングと呼んで、打者の能力を量る新しい尺度としているみたいね。
犬   :では続いて、ハズレ選択肢の5選手について簡単に。
リディア:千葉ロッテの福浦和也選手は、パリーグでイチロー黄金時代が幕を開けた94年入団。イチロー選手が去った2001年に、首位打者のタイトルを手にしたわね。
犬   :日本ハム時代の小笠原道大選手は、入団3年目の99年に7位で10傑入りし、翌00年には3位、01年には福浦選手の2位と年々順位を上げて、02、03年と続けて首位打者の座に輝きました。
リディア:秋山幸二選手は、ダイエーへ移籍した94年には、選手としての山を越えていたと言えるでしょうけれど、それでも96年に3割ちょうどで5位に入っているわ。
犬   :92年の首位打者、佐々木誠選手は、秋山選手達と入れ替わりに西武へ移った後では、3割4厘を打った97年の8位が最高でした。
リディア:ダイエーの松中信彦選手は、小笠原選手と同じ97年にプロ入り。00年に6位でベストテン入りして、01年には福浦選手、小笠原選手に次ぐ3位になっているわ。
犬   :これで、今日採りあげた選手は全部ですね。
リディア:最後に、こぼれ話を1つ。首位打者のタイトルは、打席数が規定に届いていなくても、獲れる場合があるのよ?
犬   :規定打席数に足りない分を全て凡打したとして、なお首位であればいいのだそうです。
リディア:日本のプロ1軍では誰もいないけれど、2軍では、02年の川﨑宗則選手など、何人かが達成しているわ。
犬   :では今日はこれにて。
リディア:お疲れ様。



posted by 負犬山禎之丞 at 18:41| Comment(0) | 朦朧堂、衒学の間 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]