2010年01月27日

今日の問題 「ハニホヘト」

犬   :リディア先生! リディア先生っ!
リディア:あら負犬山くん。…どうしたの、そんな顔を。
犬   :うわあああん!
リディア:ど、どうしたのよ!?
犬   :全国のアンサーさんが僕をいじめるう!
リディア:そんなはずはないわ…。いったい何があったのよ?
犬   :ぐすん…。ウソを交えて選択肢をいっぱい選んだ、得点の高いアンサーさんが他にいるのに、ウソ1つだけしか出してない、ビリ確定に近い僕ばっかり、ダウトされるんですう!
リディア:あらら。それは災難だったわね。
犬   :いつもそうなんですう! あと、CPU2人戦で、僕がマイナス10ポイント、もう1人のアンサーさんが30ポイントで、残り1問と言う時に…ううう。
リディア:ほらほら、いい歳して泣かないの。
犬   :向こうは、順当に考えればラウンド1位確定で、僕は、せめて2位を狙って、6つ全部選んだんです。
リディア:…それもどうかしら。
犬   :うう……。そのアンサーさんにダウトされなかったら、CPUを抜いて逆転2位だったのに…。うわああん!
リディア:よしよし。残念だったわね。
犬   :ううう、ひっく…。僕がいつまで経ってもウソつき超人になれないのは、みんなの陰謀のせいなんですう!
リディア:そうかしら? きっと全国のアンサーさんは、あなたが選んだ選択肢にではなく、あなたの人間性に対してダウトしているのよ。
犬   :いっそ殺せえ! 僕のアンサー生命を絶ってくれえ!

リディア:ところで、今さらだけど「ウソつきダウトクイズ」のルールを説明しないと、みなさんには何の事かサッパリだと思うわ。
犬   :…そうですね。…まず、1ラウンドは3問勝負で、1問ごとに6つの選択肢が出されます。その中には、問題の正解とはならないものが、最大で3つ混ざっています。稀に1つもない場合もありますね。
リディア:いちおう、いくつ選んでも構わないの。堅実に進めるならば、正解の選択肢を全部選ぶのがベスト。全部選びきれないとしても、確実に正しいものだけで止めておくのが次善の手ね。
犬   :ここまでですと、当堂でお馴染みの「多答積み重ねクイズ」と変わりません。しかしウソつきダウトクイズでは、正しくないものを1つでも選ぶと、ウソつきボーナス10ポイントが加算されます。故意にであれ、うっかりであれ。
リディア:正しい選択肢は、1つあたり5ポイントだから、ボーナスは魅力的だわね。ただしもちろん、ボーナスを狙うとリスクが伴ってくるわ。他のアンサーさんから怪しまれてしまったら、ダウトされる事があるの。
犬   :ダウト宣言を受けて、実際に正しくないものを選んでいたら、正しいものをいくつ選んでいようとも、0ポイントとなってしまい、逆に、宣言をしたアンサーさんに、ダウト成功ボーナス5ポイントが入ります。
リディア:一方で、正しいものだけしか選んでいなければ、宣言したアンサーさんにペナルティ、マイナス5ポイントが科されるの。だから、むやみにダウト宣言をするわけにもいかないのよね。
犬   :もちろん、自分から他のアンサーさんにもダウトできます。相手は3人いますけれど、宣言を向けられるのは1人だけです。…どっちかというと、問題に答える事よりも、誰にダウトするか、それとも誰にもしないかを決める事の方が、思案のしどころかも知れません。
リディア:問題と選択肢とが示された後、まず解答ターンがきて、そして解答オープン。それからダウト宣言ターンを経て、一人一人の正誤判定、ダウト判定を行う、という流れなのだけれど、この解答オープンがなかなか曲者なのよ。
犬   :誰がいくつ選んだか、どれを選んだかをチェックできるのですが、ここで他の人が、自分は選んでいないものを選んでいた場合、それはすべて伏せ字になっています。それが果たして正しくない選択肢なのか、それとも自分ではわからなかったけど正しいものなのか…。
リディア:またお互いに、時には全員が選んだものでも、うっかり選んだ正しくないものかも知れないわよね? …まあ、自分が騙す気マンマンで選んだものだってあるでしょうけれど。
犬   :さて、ここまでが問題の仕様説明でして、ここからはダウト戦略、および対ダウト戦略とでも言うべきもののお話をします。…例えば、さっきの話で僕がやったように、選択肢6つ全部を選ぶごとき、馬鹿な真似をしたアンサーさんがいた場合に
リディア:馬鹿な真似って自覚してるじゃないの。
犬   :ええ! どうせ捨て身の賭けでしたよ!
リディア:ほとんどの場合、6つの中には正しくないものがあるのだから、そんな人に向けてダウトしておけば、ほぼ確実に5ポイントごちそうさまでした、となるわけよ。
犬   :ところが、ここも思案のしどころなんです。なぜなら、怪しい人を潰すには、誰か1人がダウトしていればいい一方で、自分が宣言できる相手も1人しかいないからです。
リディア:あからさまに怪しい人がいるからといって、必ずしも自分がダウトする必要はないし、いかにもウソつきな相手に気を取られすぎて、他のウソつきを見過ごしてしまうのもまずいでしょう?
犬   :こうして、誰かがやるだろう、とみんなが思ってしまうと、とても怪しい人こそが放置されてしまったりもします。
リディア:ゴミを見つけたら自分が拾わなくては駄目という事よね。
犬   :ゴミ扱い…。それはともかく、まあ、6つ選ぶというのは極端な例ですが
リディア:極端だって自覚してるじゃないの。
犬   :もう放っておいて下さい!
リディア:あなたの相手だったアンサーさんのために言うけど、あちらから見ればその時のあなたは、5ポイントごちそうさま、な相手だったわけでしょう? その5ポイントで逃げ粘れたら上出来。仮に誰かがウソつきボーナスをもらって、ラウンド1位を奪われてしまったとしても、HUM2人戦で、あなたを潰しているのだから相手はCPU。逆転ラウンドで潰せばいい。…そこまで判断しての事だったのかも知れないわよ?
犬   :……そうですね。
リディア:CPUを相手に、あなたが自力で這い上がってくる事を願っていたかもね。
犬   :人のせいにしてはいけませんね。もう少し、素直に物事を捉えるように心掛けます。
リディア:ダウト!
犬   :酷すぎる!
リディア:さてと…、今日は前振りが長くなってしまったから、クイズはシンプルにお願いね?
犬   :んー…。では、これでどうでしょう?


  なぜ、日本語での音名は、イロハニホヘトイではなく、ハニホヘトイロハなのか
  答えなさい。


リディア:あのね、これのどこがシンプルなのよ…。
犬   :え? 何かマズいところがありますか?
リディア:どこまで答えたら正解になるのか、サッパリじゃない。
犬   :…ああ! 「ドイツ式の、ローマ字を使った音名にカナ文字を当てはめたから」とかでよしとするつもりでしたけど…、
リディア:なぜ、ドイツ語ではABCDEFGAではなく…、という疑問が出てくるでしょう?
犬   :そうですね。…また、考えなしに出題しちゃいました、てへっ!
リディア:その意味のシンプルは求めてなかったわよ…。
犬   :せっかくですから、そちらも軽く説明しましょうか。
リディア:当然だわ。…1840年に開かれた、シュトゥットガルト会議が鍵を握っているの。
犬   :ここで、主に管弦楽では、ドレミ音階でのラを基準とする事、およびその高さを、厳密に440ヘルツとする事が定められました。
リディア:すでに、色々な楽器がほぼ規格化されていて、音階もかなり定まっていたけれど、言うなればこの状況は、音が楽器に合わせていたようなものね。この会議で初めて、音の高さをきっちりと定めて、楽器をそれに合わせる事になったと考えていいでしょうね。
犬   :ただ、それまで厳密ではなかった事の証左とも言えるでしょうが、ここで定められた高さは後に435ヘルツに直され、そしてまた戻されました。…それはともかく、ラの音を基準としたので、ドイツやイギリスでは、ラを始まりとして、ABCDEFGAと呼ぶ事にしたんです。
リディア:でも、近代音楽の基本を確立させたと言われるバッハの時代から、だいぶ後になって定められた事でもあったし、結局ラの音を調律の基準とはしても、音階の始まりとする考え方は定着しなかったのでしょうね。…定着しなかった経緯については、ここでは推察の域を出ないから詳しく述べずにおくけど、ド音に始まるメジャーコードが一般的だったのは確か。
犬   :そうなっても、音ごとの呼び方を変える事はなかったので、CDEFGABCという並びになりました。
リディア:さて一方、日本では明治の時代に、文明開化策の一環として、近代音楽の方法を輸入する事にも務めたわね。その際、どこの方法を手本とするかで、フランス派とドイツ派とでだいぶ揉めたみたい。
犬   :詳しくは触れませんが、いわゆるお雇い外国人達も交えて、壮絶に火花を散らしたそうですね。で、最後にはドイツに倣うと決まりました。今では蛇蝎の如く嫌う人もいる『楽典』なども、明治の中期までには教本として採用されていたそうです。
リディア:…まあ、奏でてみても面白くない、とはよく言われるけれど…、蛇蝎……。
犬   :プロイセンのように勇壮な国家が欲しくて、お雇い外国人にお願いしたら、その人が一生懸命に邦楽を研究しちゃって、みなさんご存じのアレができたそうです。まあ余談ですが。
リディア:それで、規範としたドイツ式の音名に倣ったので、日本でも、学校で教えられ始めた頃にはもう、ハニホヘトイロハと呼んでいたみたいね。
犬   :同じ頃フランスでは、だいたいドレミファと同じ呼び方で通っていたみたいなんです。だから、フランスに倣っていたら、イロハニホヘトイとなっていたかも知れません。
リディア:ハニホヘト、の話はこのくらいかしら。…でも、これで今日はお終い、では不親切よねえ?
犬   :では、なぜドレミファソラシドなのか、こちらの方が不思議に思えるかも知れませんよね。CDEであれハニホであれ、あるいは今のアメリカのような123であれ、日用の文字を順に当てはめたものですが、ドレミファ音階が普通だったイタリアやフランスで、自国語の文字がドレミファと読まれる事はありません。
リディア:そうよね。…調べてみたのかしら?
犬   :はい。10世紀末に生まれ、11世紀の半ばに亡くなったとされる、アレッツォのグイドと呼ばれる修道士が、音に名前をつけたそうです。
リディア:この人以前には、聖歌はまったくの口伝えで受け継がれていたの。そこでグイド修道士は、まず…具体的にはわからないけれど、指を使う事で教え易く、習い易くする方法を編みだし、続いて、四線紙と四角い記号と使って、音楽を書き残す方法を編み出したの。
犬   :さて…、聖歌隊に愛唱された聖歌の中に『聖ヨハネの賛歌』があります。この曲は、冒頭数行の間、1行ごとに歌い出しが1音高くなっていくそうです。そこでグイド修道士は行頭の単語を音の名前として拝借しようと考えたみたいですね。
リディア:念のため補足すると、音階という考え方そのものは、さらに1000年以上前、ピタゴラスとその弟子達が考え出していたの。もしかするとその頃には、違った名前がついていたのかも知れないわね。
犬   :しかし、聖歌のみならず音楽が口伝え、楽器頼りの状況では、音の高さそのものの名前は必要ではなく、省みられる事もなかったようです。
リディア:まあともかく、『聖ヨハネの賛歌』とはどのようなものか、当該の部分だけ見てくれるかしら。

Ut queant laxis
resonare fibris
Mira gestorum
famuli tuorum
Solve polluti
labii reatum, Sancte Iohannes

犬   :この時にはまだ「ド」ではなく、「ウト」だったみたいですね。ドと改められたのは16世紀前半の事のようです。ジョバンニ・バティスタ・ドーニという人の仕事だそうですね。
リディア:理由は、ウトでは発音しづらいから。典拠は"dominus" キリスト教の「主」だろうとされているわ。
犬   :なお、ドーニ先生以後も、フランスでは長い事"ut"(ユート)と呼んでいたようです。今でもそうだとする説明も散見される一方、30年ほど前のフランス語辞書に、古名としているものもあり…、音楽にも言葉にも疎い僕には何とも言えません。
リディア:それはそうと、…まあ気づいたと思うけれど、聖ヨハネに祈りを捧げるこの冒頭部は、6行しかないのよね。
犬   :ここを典拠としたグイド修道士も、ラまでの6音にしか名前をつけませんでした。そして、この6つだけで歌を教えたり、教わったりする方法まで編み出してしまいました。これを「ヘクサコード」と呼ぶのだそうです。
リディア:…私も、音楽の理論までは専門外だから、自信ないんだけれど…。シの音がない曲ならば、この6音でも困らない。でも、そううまくいくものではないわよね。だから、シの音を他の音名で説明するために、どこかで音の名前を読み替える事にしたの。この技法をムタツィオと言うそうね。
犬   :この頃すでに、ミ・ファの間は半音しか高くならない事が定着していました。…同じように、シ・ドの間も半音ですから、いっそソをドと読み替えて「ドレミファドレミファ」にするのがわかり易いように思います、素人考えでは。
リディア:だけど、実際にはもっと複雑だったみたい。時が下って、バッハの少し後頃には、そうした方法論の集大成とでも言えそうな書籍が著されているわ。
犬   :いくつか説明を読みましたが、サッパリわからないのでゴメンナサイします。ただ、誤りを恐れずに推察しますと、どの音で読み替えるのかが、その後に長調短調と呼ばれる違いと密接に関わっているみたいです。五線紙上で同じ段に書かれても、調によって音の高さが違う事も、この辺りに起源があるのかも知れない、と愚考します。
リディア:一方、17世紀頃にやっと、名前のない7番目の音に名前をつけてあげれば、読み替えなんかしなくてもいいじゃないかという考えが出始めたそうなの。誰が名付けたのか、それは定かではないけれど、『聖歌』6行目の後半、聖ヨハネ "Sancte Iohannes" の頭文字を典拠として、7つ目の名前をつけたと言われているわ。
犬   :ヨハネだったらJだろうと思われるでしょうが、聖歌の歌詞に残されるような古代ラテン語では、i音もj音もIの字で書く慣わしでした。…いつ頃ヘクサコードが廃れたのかは、恥ずかしながら定かにできませんでした。
リディア:ところで、今でこそ「シ」で定着しているけれど、7音音列が普及していく過程では、S音が「ソ」と被ってしまうと気にされる事もあったみたい。そうした人達は、7音目を「ティ」と呼んだそうね。ご存じ『ドレミの歌』では、音名を覚えさせるために"Tea" を引き合いに出しているけれど、これもそんな考えの上にできた事だと思うわ。
犬   :以上が、ドレミファソラシドのおおまかな歴史です。
リディア:…ちっとも、シンプルではなかったわね。
犬   :あと、くれぐれも、ヘクサコードに関する部分は鵜呑みにしないで下さい。
リディア:陰のウソつき超人が言う事だものね。
犬   :いっそ、そんな称号が欲しいくらいですよ、もう…。



posted by 負犬山禎之丞 at 17:40| Comment(0) | 朦朧堂、衒学の間 | 更新情報をチェックする
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