2009年10月22日

今日の解説 「黄金伝説」

犬   :リディア先生! リディア先生っ!
リディア:あら負犬山くん。早くも『マジックアカデミー7』のロケテストが始まるみたいね?
犬   :なんだか、決まり文句でもなく、ついこの間6が稼働したばかりのような気がします。
リディア:そう? …つまり、アンサーアンサーに夢中で、アカデミーはほとんどやってなかったという事かしら?
犬   :うわ、やぶ蛇だった!?
リディア:まったくもう…。
犬   :それにしても、アカデミーも代を重ねて、いよいよ『北斗の拳』や『ゴルゴ13』のようなロングラン作品の仲間入りですね!
リディア:代重ねしている事を知られていないタイトルばかりあげないでよ!
犬   :でも、7作も続いたタイトルって、あまり思いつきませんよ…。
リディア:それは、クイズマンとしてどうかと思うわ。
犬   :いっそのこと、次回のクイズにしちゃいましょうか。
リディア:すでにアンサーアンサーで使われていたわよ?
犬   :タッチの差で押し負けた気分です!
リディア:もともと勝負になってないと思うわ…。
犬   :ううう、悔しいから今日の解説を始めます!
リディア:悔しくなくてもやりなさいよ!

  芥川龍之介が、切支丹ものを書く際に参照した彼の蔵書だと紹介した、架空の
  書物のタイトルは何?


リディア:芥川が、初めにこの書物について言及したのは、1918年に発表された『奉教人の死』という作品の中での事なの。
犬   :翌年には『きりしとほろ上人伝』の中でも言及しています。
リディア:では、『奉教人の死』から当該の部分を引用するわね。

 予が所蔵に関る、長崎耶蘇会出版の一書、題して「れげんだ・おうれあ」と云う。蓋し、LEGENDA AUREA の意なり。されど内容は必ずしも、西洋の所謂「黄金伝説」ならず。

犬   :関る、は、かかる、蓋し、は、けだし、と読んで下さい。
リディア:というわけで正解は『れげんだ・おうれあ』ね。…でも、誤解のないように付け加えておかなければいけない事があるわね。
犬   :引用部の最後でも匂わされていますが、『黄金伝説』と邦訳される『LEGENDA AUREA』という書籍は、別のものとして実在するんです。
リディア:13世紀にイタリアの大司教、ヤコブス・デ・ウォラギネが著した、キリスト教の聖人列伝なの。ただし題名をつけたのはヤコブス大司教自身ではないようね。
犬   :この書籍の邦訳が始まったのは、実に1979年まで下っての事です。よって、芥川はこの書籍については、英訳されたものを読んでいるか、あるいは内容を聞き知っていた程度でしかなかったかのどちらかでしょう。
リディア:小林標(コズエ)『ラテン語の世界』によると、実在の『LEGENDA AUREA』は、中世から近世にかけてのキリスト教社会で広く愛読されたそうなの。現代では、中世ラテン語の資料として有用みたいね。
犬   :小林氏のこの本は、中公新書1833として出版されています。
リディア:さて、実在の書籍があるのに、芥川が言及した『れげんだ・おうれあ』を、架空のものと断じていいのか、と疑問を持つかも知れないけど…。
犬   :まあ、引用した部分にもある通り、芥川自身が、別のものだ、と言い切っているから、いいんじゃないでしょうか。…ダメ?
リディア:でも、芥川の言う『れげんだ・おうれあ』が、彼の頭の中にしか存在しなかった、と言いうる根拠は、まずその題名にあるわね。
犬   :これも『ラテン語の世界』に書かれていますが、『LEGENDA AUREA』が著された13世紀には、すでにラテン語の発音が変わっていたそうです。
リディア:明治から現在まで、日本で教えられる発音は、いわゆる古典ラテン語、すなわち紀元前後の古代ローマで使われていた頃のものなの。芥川の知識も、当然これに依るわよね。
犬   :一方、キリスト教伝道のための言葉として、ヨーロッパ各地での日常語と併用されながら、1300年ほどの時を経て、ヤコブス大司教の著作がなされた頃には、レジェンダ・アウレアのように発音されていたはずだそうです。
リディア:長崎で宣教師が訳したものだと言うなら、古典発音ではなかったはずよね。
犬   :宣教師や、帰依した日本人によって翻訳された典籍は、ローマ字で書かれたものか、平仮名と少しの漢字とを交えた「国字本」のどちらか、または両方でした。国字本では『どちりな・きりしたん』などのように、ラテン語の題名も仮名書きされています。
リディア:芥川が、平仮名を使ったのも、この事は知っていたからでしょうね。それはともかく、平仮名書きだったら、当時の発音に近づけて書かれるはずね。
犬   :よって、仮に『LEGENDA AUREA』がその頃に訳されていたとしたら、芥川がしたような表記は、され得ないんです。
リディア:…と、いったところが、架空の書籍…というか、芥川の頭の中にしかなかったという、傍証の1つなの。…でも、ね、こんな子理屈を捏ね回すまでもなく…。
犬   :後に、芥川自身が、そんな本は見た事もない、とバラしちゃってるんです。
リディア:ぜひ、その稀覯本を譲って欲しい、と芥川に問い合わせた人が、2人も現れたのですって。それで芥川は、断る代わりに、からかい気味な言葉で白状したそうなの。
犬   :信じてしまった人が現れたのは、『奉教人の死』に、『れげんだ・おうれあ』の書誌が記載され…というか、でっち上げられていたからでしょう。
リディア:どのような事が書かれていたか、箇条書きにしてみようかしら。
犬   :そうですね。…原文が古めかしい文体で書かれていますので、僕なりに直してみます。

・上下二巻。
・美濃紙に、草書体の漢字を交えた平仮名で摺られている。
・印刷が不明瞭なため、活版か木版かはっきりしない。
・扉には、ラテン語で書名が横書きされ、その下に漢字で出版年月が縦書きされており、その左右にラッパを吹く天使の絵が描かれている。
・上下巻ともに約60ページ。上巻八章、下巻十章。
・各巻の初めに、著者不明の序文と、ラテン語と和語とを並記した目次がついている。

犬   :他に、扉の体裁や序文の巧拙についての、芥川の所感と、典拠とするに当たっての断り書きも書き添えられています。『奉教人の死』は、下巻第二章を基に、脚色を加えて書かれたという事になっています。
リディア:…こんなところかしらね。
犬   :ではみなさん、次の問題をお楽しみに。
リディア:…している人がいるのかしら?
犬   :そもそも、読んで下さる方もいなくなったような気もしますね!?



posted by 負犬山禎之丞 at 18:10| Comment(0) | 朦朧堂、衒学の間 | 更新情報をチェックする
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